災害とお坊さん


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災害時に日本の仏教は何をしているんだ!
なんて声を耳にします
テレビではあまり映らないですから仕方ないです

 

多くのお坊さん、教団が活動をしています
みなさん宗派を乗り越えて活動されています
お釈迦様の教えは同じなのですから

 

私の独断基準でお坊さんの活動を探してみました

 

ネットで「災害 お坊さん」とかでググるといろいろなお坊さんの活動が見えてきます

沢山の活動があるのでしょう
ネットで知られない活動の方が多いんだろうと察しがつきます
そっと活動されるお坊さんもいらっしゃる

でもここはネットという場所なので
ネットで知ることのできるお坊さんのお話をします

 

私の「独断」で探してみました

 

「独断」の基準です

  • 宗派はどの宗派でもOK
     管理人が危険と判断した教団はその限りではありません
  • 宗派の教義を語っていないこと(宗派の境界を越えていること)
  • 二次的な活動に誘導していないこと
     たとえば反原発、平和運動、環境問題、政治活動
     (原発事故について語るのは避けて通れません 妙な活動に誘導していなければいいのです)
  • 上から目線ではないこと
  • 修行者に求められるようなことを被災者に語っていないこと
     「災害に遭ったら災害を生きろみたいな・・・」
     被災者は普通の人々なんです
     高次な心の成熟はしていません
     むしろ傷つき、病んで、退行しています

 

納得のお話がありました

私がつべこべ言うのも申し訳ないのでここでリンク貼ります

日蓮宗 いのちに合掌
岩手県釜石市・仙寿院住職
芝崎惠應(えのう)師の記事です

  芝崎惠應(えのう)師はこうおっしゃっています

『坊さんとして社会を見るなと言いたい。社会人として社会をみるべきです。』

同感です
東日本大震災で
芝崎惠應師は自らも被災してその後PTSDで心臓が止まったこともある

それでも、だからかな
リアリストなんです
冷静なリアリストこそ災害、武力侵攻時には必要なのです

時として災害時において
お坊さんはお坊さんで
何ができるか考えて
お坊さんとして活動されます

でも、そこが罠だと思うんです

非常時に人は理性を失いがちになります

心を揺さぶるものには注意せよ

管理人の信条です
正義やヒューマニズムは魔物です

 

心のよりどころ

非常時には当然、国家 行政等の救援が圧倒的に優位です
ダントツで重要であり必要欠くべからずなのは言うまでもありません

人間を含め生きとし生けるものみんな非合理にできています
そんな時に必要なものの一つが正当な宗教ではないでしょうか

宗教アレルギーな方も多いと思いますが
一部を除いては仏教は宗教でもありますが
昔から伝わる日本人の心の「よりどころ」ではないでしょうか

 

相手に寄り添うことのむつかしさ

 

カウンセラーやセラピストだとスキルとしてあるのでしょうか

「相手に寄り添う」という行為

 

芝崎惠應(えのう)師は当事者でありながら「相手に寄り添う」ことを
客観的にお話されています

『何の罪もない子どもは流され、家族は散り散りになるという現状を目の当たりにしていると、当時は私も「神も仏もない」と本気で感じていました。
その事を娘に話した時、娘はこう答えてきたんです。
「お父さん。私はそうは思わないよ。毎日、仏様にご飯やお水をお供えして手を合わせていたから、大勢の被災者がお寺にきた時も、普段と変わらずにお世話する事が出来たんだと思う」
この言葉を聞いて、恥ずかしながら大切な事を気づかされました。』

とおっしゃっています

何ができるか
ではなく
何が必要とされているか

なんですね・・・
難しいことです あらためて思います